蜃気楼vivid
作曲:めと
作詞:めと
歌:めと
mix:めと

吹き抜ける風を浴びながら
手を繋いで探しにいこう
まだ知らない世界がたくさんあるから

鏡に映ったみたい
色違いの帽子をあげて
区別がつかないなんて
褒めないでね

いたずらするのもはしゃぐのも
いつかなんて知らず走ってゆける
そんな終わりない 物語が
どこまでも



肌寒い夜風に触れながら
手を繋いで遊びにゆこう
怖くても苦しくても2人だから

さよならなんてないから
私の目は あなたのなかに
この道をゆけば あなたの
好きな花が…

どこにいったってイメージでも
いつかなんて知らず歩んでゆける
すべての明日と 肩寄せ合い
いつまでも


失くした言葉を 愛を 温もりを
引きずり 囁き 目を逸らし
歩いた跡に 爛れた
涙の跡は消えさって
なにも聞こえないよ
私たちの世界
このまま この先も ずっと
どこまでも ずっと
いつまでも

めと
退廃美を込めた陰鬱系ロックやピアノ、オーケストラの楽曲などを中心に
オリジナルCDを制作している。同人音楽サークルMetomateでは時々ゲストボーカルを招くが、
基本的には作編曲詞、歌などを一貫して自身で制作することが多い。
CD制作以外にも、ゲームのBGMや主題歌などに楽曲提供をして活動中。

2017年春M3に参加予定。オリジナルCDは、あきばおーこく、BOOTHにて通販も行っている。

ふたりのはて

 鏡が嫌いになったのは、何歳のときだっただろう。
 小さいころは大して気にしていなかった、と思う。でも、中学生になったころには、もう嫌いで嫌いで仕方なかった。
 かといって、鏡を無視して生活するのは不可能に近い。朝、身だしなみを整えるために鏡を覗き込むたび、私は憂鬱な気分になった。
 何故鏡が嫌いかと言えば、私の容姿が映ってしまうから。
 私は私の容姿が、大嫌いだった。
 妹に瓜二つな私の外見が、私は大嫌いだった。
 私と妹の関係は単純だ。家族で姉妹で、それから双子。
 昔、私たち姉妹は仲がとても良かったらしい。いつでもどこでも一緒にいるから、両親でさえ区別がつかないときまで、あったそうだ。
 所詮、すべては過去の話だ。
 中学生になって、私は妹に対して劣等感を抱くようになった。私は妹そっくりで、妹と同じ時間を過ごし、同じ時間を共有しているのにも関わらず、妹は私より優秀だった。勉強も、運動も、人としての性格も。
 妹の隣にいれば、私は妹と比べられた。やがて私は、妹と一緒にいる機会を作らないよう、妹を露骨に避けるようになった。
 妹ははじめ、私の態度に戸惑っていたかもしれない。だが、結局妹も、私を避けはじめた。どうせ妹だって、私が嫌いだったに違いない。年頃の姉妹なんて、そんなものだ。
 そうして、ふたりは一人と一人になった。
 よくある話、だろう。仲が悪い十代の姉妹なんて、いたるところに転がっている。むしろ、仲の良い姉妹の方が珍しいのじゃないだろうか。そんな姉妹、いっそ気持ち悪い。
 よくある話だった。今は日常の会話すらほぼ無くても、いつかまた、お互いおばさんぐらいの齢になれば、適当に付き合えるようになるだろう。そう思っていた。

 そして、妹は死んだ。
 十月も終わりに近づいて、急に寒くなってきた、ある日。
 余所見運転をしていたトラックにはねられて、私の妹、サヤカは死んだ。
 呆気なく死んだ。
 死体は酷い有様、だったらしい。私は死体のサヤカを見るかどうか尋ねられたが、断った。母と父は見た。運転手を許さないと泣き崩れた。
 こうして、私たちふたりは1人になった。


  ♪


 葬儀やらなにやらが終わって、色々落ち着いてきたあたりで、私は妹の部屋の整理を両親に命じられた。
 正確には整理ではない。両親は相談の結果、部屋はそのままにしておくことに決めた。私の役目は、妹の所持していた写真や記録を探すことだ。それらは、両親で大事に保管しておくらしい。
 捜索からほどなくして、写真は見つかった。全部ひとまとめにしていたようで、小学校から中学校、高校での写真も一ヶ所にあった。
 写真には、行事に参加していた笑顔のサヤカが映っている。
 間違いなく、これはサヤカだ。けれど私は、『これはサヤカではない』と感じた。
 写真の中のサヤカは普通過ぎて、他の人間たちに埋没していた。
 これは違う。サヤカはそうではない。
 サヤカはもっと可愛かった。綺麗だった。輝いていた。
 写真の中の見知った顔を、とてもサヤカとは思えなかった。
 ぺらぺらの一枚に囲われた、サヤカの輪郭をなぞる。
 ――どうして、サヤカは死んでしまったのだろう。
 今更の、疑問だ。死んでから日にちが経過していた。心が落ち着つき疑問が生じるまで、時間がかかったのだろうか。
 こんなことになるのならば。サヤカの一生がこんな結末になるのであれば、普段からもっと仲良くしておけばよかった。
 サヤカの部屋には、私の知らないものがたくさん散らかっていた。昔は、何を買うのも、買ってもらうのも、同じものだったのに。サヤカのことなら何でもわかったのに。
 今、サヤカのベッドの枕元にある、キャラものらしきぬいぐるみの名前を、私は知らない。
 私が思い出すサヤカは、私の嫌いなサヤカだ。私が避けるサヤカ、私を避けるサヤカ。ごはんの時間もばらばら。部活だって違う。私は最近のサヤカをあまりにも知らなかった。
 むなしくなって、仲が良かったころのサヤカを思い出そうとする。嫌いなサヤカがどうしても先に浮かぶせいで、小さなサヤカの笑顔は思い出せなかった。
 後悔は、次第に憎悪へ変わっていく。
 何故、サヤカはこんなにも早く死んでしまったのか。もっと後でもよかったのではないか。おばあちゃんになってからでもよかったのではないか。
 不思議と、余所見運転の運転手を恨む気にはなれなかった。
 怒りは自分自身へ、そしてサヤカへと募っていく。
 どうして、サヤカは。
 私を置いていってしまったのだろう。
 私とサヤカが昔通りの仲良しであれば、こんな黒い泥のような気持ちにもならずにすんだのだろうか。サヤカを惜しみつつも、サヤカの今までに感謝できたのだろうか。
 写真に目を落とす。薄っぺらいサヤカが、笑っている。
 私はサヤカの顔に爪を立ててみた。写真は簡単に変形して、サヤカに爪痕が残った。
 少しだけ満たされた気がして、写真から顔を上げる。たち鏡に映った、私自身と目が合う。
 鏡の中の私は、写真よりも、サヤカに似ていた。
 私は鏡に近づく。そっと鏡に触れてみる。指紋が鏡色を汚す。それだけだ。鏡の中の、サヤカに似た人間には触れられない。
 私は鏡の前で、できるだけ明るく笑ってみた。
 目の前には、笑ったサヤカがいた。その表情が、記憶に棲んでいた最後のサヤカを上書きした。


  ♪


 電車の扉が音を立てて開く。駅に降り立つと、秋の冷たい風が顔にぶつかる。車内と外の温度差に縮こまる私を置いて、電車は次の駅へと走っていく。周りを見渡しても人ひとりいない。無人の駅がここまで寂しいものだとは、少々予想外だった。
 さて、何処へ行こうか。ここまでノープランで来てしまった。というのも、ふと過去に連れてきてもらった滝を思い出したのだ。
 記憶では日差しが眩しかったから、おそらく時期は夏だったのだろう。水しぶきが気持ち良かった。私も妹も、盛大にはしゃいでいた。はしゃぎすぎて、川に流されそうになった。昔の話だ。十年以上昔の話。
 懐かしい記憶に、ついうきうきとして、勢いのまま電車に乗り、気づけば初めて来た駅だ。私はこんなに行動力があっただろうか。
 たとえ十年も前の記憶だって、私はよく覚えていた。当然とも言えるかもしれない。私はサヤカが大好きなのだから。サヤカと過ごした時間を、忘れるわけがない。
 喧嘩なんて1度もしたことはないし、いつだって一緒の、仲良しの姉妹。
 それが私たち。それが、私とサヤカ。
 私たちは、そうであるべきだ。
 今だって、私はサヤカと一緒にいるのだ。
 折り畳み式の手鏡を鞄から出し、そっと開いた。私の前に、サヤカがいた。笑っていた。私は微笑ましい気持ちになる。
 鏡をしまい、前を見据える。滝をまた見たい。ならばまずは川や森に向かわなければならないだろう。
 スニーカーの踵を鳴らし、私は歩きはじめた。
 頭上で広がる、赤や黄に染まった葉が、まるで私を歓迎してくれているかのようだ。高まった心をそこそこに押さえつけて、意気揚々に足を動かす。
 瞳には、澄んだ青空がクリアに映っている。

 何処へ行こうか。さあ、何処へ行こう。
 何処にでも行ける。何処だっていい。
 私たちが一緒なら、私たちは何処までも、歩いていけるだろうから。
 私たちは何処へだって、辿り着けるに決まっている。
 私たちが共にいれば、不可能なんてないんだから。


  ♪


 だから、私は最期まで、辿り着けると信じていた。


  ♪


 鏡を見ると、そこには姉のアヤカそっくりの顔があった。
 だが、完全に私の顔とアヤカの顔が一致しているわけではない。目元のほくろ。笑い方。違いは一度目に入ればどうしても気になってしまう。私はため息を吐いて、鏡から目を逸らした。。
 私は鏡が嫌いだ。見るたびに、もやもやして落ち着かなくなる。鏡を覗き込むたび、私が映り、私とそっくりなアヤカを芋づる式で思い出すからだ。
 私とアヤカは瓜二つだ。他人に間違えられたことだってあった。
 ならば、私は鏡に映った私を、アヤカと認識できるか?
 答えはもちろんノーだ。
 アヤカは世界にただひとりで、アヤカだからアヤカなのであって、サヤカはアヤカに成りえない。
 わざわざ洗面台の鏡の前に立ったのは、友達から聞いたおまじないを実行するためだ。
 なんでも、深夜二時に鏡の前で、流水で手を洗いながら願い事を想うかべると、願いが叶うとか。
 馬鹿馬鹿しい、とは思う。けれど実行している私はもっと馬鹿馬鹿しい。
 仕方がないのだ、と心で言い訳をする。だって、おまじないに頼ってしまうくらい、解決できそうにない願い事だから。
 私の願い事は、ただひとつ。
 ――アヤカと、昔みたいに仲良くなれますように。
 蛇口から流れる水の音が、静かな夜に冴えて妙に煩い。私はまたため息を吐いて、蛇口をひねった。ぴたりと水音は止まり、今度は静寂に潰されそうになる。
 私の唯一にして最大の願いは、なかなか叶う素振りが見えない。 というのも、どうもアヤカは私を嫌っているらしいからだ。
 一体私の何が不満なのか、私にはわからない。サヤカの考えることだ、わからなくても仕方ない。
 アヤカと、昔みたいに仲良くなれますように。
 もう一度、願いを強く思い浮かべてみる。
 それが叶ったら――叶ったら?
 サヤカと仲良くなったら、昔のような関係に戻ったら。私は、どうしたい?
 その先を、私は考えていなかった。想像できないのかもしれなかった。あるいは、それで打ち止めで構わないと、思っているのかもしれなかった。
 わずかな時間悩み、結局答えは出ず、私はあっさりと問いを放り投げた。
 もう一度、アヤカと仲良くなれたら、そのときは。
 ――そのときは、死んでもいいや。


  ♪


 そうして、ふたりはふたりとなった。

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